女性初の日本連合組合総連合会(略称:連合)の会長を務める芳野友子さん。
連合とは日本の労働組合における中央組織で、加盟組合のまとめ役ともされています。
そんな連合トップの芳野友子さんとは、一体どんな人物なのでしょうか?
そこで今回は、
芳野友子氏の経歴や出身大学の学歴はどこ?
というテーマでご紹介していきたいと思います。
それでは、早速本題に入りましょう!
芳野友子のプロフィール

労働組合の総本山である「連合」の会長を務める芳野友子さんのプロフィールはこちら。
- 名前:芳野友子(よしの・ともこ)
- 生年月日:1965年11月9日
- 出身地:東京都
- 職業:労働運動家
- 肩書:日本労働組合連合会会長
芳野友子さんは1965年11月9日生まれで、2023年で58歳の年齢になります。
なんと、幼いときの夢はバレエダンサーだったのだとか!
芳野友子さんは政治に関しても強い主張をされていることでも有名で、
- 日本共産党
- 立憲民主党
- 国民民主党
とは反対の立場をとっており、支援を明示しないとも語っていたようです。
立憲民主党と日本共産党の選挙協力(野党共闘)には反対の立場をとる。
2022年2月17日午後、芳野は夏の参院選をめぐり、立憲民主党や国民民主党への支援を明示しない基本方針を発表
引用:wikipedia
とくに、共産党については『共産党アレルギー』とも揶揄されるほど、反共思想を掲げているようですね。
芳野友子の経歴

連合の芳野友子さんの経歴を見ていきましょう。
ミシン機メーカー「JUKI」の労働組合出身
芳野友子さんは18歳でミシンメーカーの『JUKI』に入社。
勧誘されたことがきっかけで翌年にはJUKI労働組合の専従職員になりました。
当時は、部署異動の感覚で労働組合への参加を受け入れがありました。
その時代は男女の賃金格差が多く、仕事の内容もお茶くみなどの研修が多かったようです。
1986年には、男女雇用機械均等法が施行されて、女性の社会進出も見直されてきている中、22歳で女性初のJUKI中央執行委員に就任。
会社の女性の声を聞き入れ、JUKIの育児休暇制度の導入に携わり、実現させたそうです。
その後、2010年の44歳頃にJUKI労働組合委員長、2015年の49歳頃に日本労働組合総連合会(連合)副会長に就任。
このように、若くしてJUKI労働組合に入り、昇格していく中で育児制度の導入など女性の社会進出に力を入れていました。
「連合」初の女性会長に就任

芳野友子さんは2021年の55歳頃に、労働組合のトップである「日本労働組合総連合会会長(連合)」に就任。
当時は女性初の連合会長ということや、企業の経営者などの有力な経歴がない人物での採用ということで、超異例として報じられて注目されていました!
ただし、一方では同情の声も上がっていました。
というのも、当時は連合内部の政治をめぐる抗争があり、誰が会長でも苦労するのは目に見えている状態とも言われる中での就任だったそうです。
「自民党の総裁選と違って、連合会長は皆で譲り合った結果、この人に押し付けられた感じだから大変だと思うけどな」
引用:Yahooニュース!コメント
女性初の連合会長に期待の声もかかる中、異例ずくめの就任に同情や冷ややかな見方も少なからずあったようですね。
また、芳野友子さんはそのほかにも、
- 労働者福祉中央協議会会長
- 日本生産性本部副会長
- 日本水フォーラム副会長
- 財務省財政制度等審議会委員
- 法務省法制審議会委員
- 内閣府男女共同参画会議議員
- ふるさと回帰支援センター顧問
- 日本防災士機構評議員
- 日本財団パラスポーツサポートセンター顧問
- JAM(ものづくり産業労働組合)副会長
などの様々な役職に勤めていました。
芳野友子の意外な出身大学・学歴とは?

連合会長である芳野友子さんですが、出身大学の学歴はどのようなものなのでしょうか?
富士政治大学校出身
リサーチしてみたところ、高校については分かりませんでしたが、
公益財団法人富士社会教育センター・富士政治大学校
という学校に通われていたことが判明しました。
公益財団法人富士社会教育センターの場所はこちら▼
芳野友子さんは、就職していた傍ら20代前半でこの学校に通っていました。
旧統一教会との関係は?
富士政治大学校の元理事長は、旧統一教会と密接な人物で元参議院議員の松下正寿(まつした・まさとし)さんであることが知られています。

松下正寿さんの旧統一教会との密接関係のエピソードがこちら▼
- 旧統一教会の市民大学の学長に就任
- 参議院議員時代は、旧統一教会教祖の文鮮明氏に面会
- 日韓トンネル研究会の設立総会で呼びかけ人代表として参加
- 逝去した際には旧統一教会本部で追悼式が行われた
このことで芳野友子さんには2022年7月25日に、富士社会教育センターと教団との関係や芳野友子氏自身と教団との関わりについて記者会見で質問されることがありました。
しかし、その時のインタビューでは芳野友子さんは以下のように回答しています。
教団とセンターの関係について芳野氏は「知りませんでした。調べないです。調べるつもりはないです」と取りつく島もなく、かえって怪しい。
引用:日刊ゲンダイ
これまで反共思想を語っていた芳野友子さんなので、疑いの目が向いてしまったようですね。
実際にいくつかの報道によると、芳野友子さんの反共思想は富士政治大学で養われたもものとも報じられています。
芳野氏が所属する労組JAMで副書記長を務めた労働運動アナリストの早川行雄氏が、「芳野友子新体制で危機に立つ連合」と題したリポートで〈芳野の反共思想は富士政治大学で指導されたもののようである〉と書いているほか、センターの影響が指摘されている。
というのも、元民社党委員長が設立したセンターの理事長には、旧統一教会関連の世界平和教授アカデミー初代会長や世界日報の論説委員を歴任した松下正寿元参院議員(民社党)が就いていたからだ。大学校は組合員向け研修機関で、センターの教育部門である。
引用:日刊ゲンダイ
あくまで一部報道の憶測の記事内容に過ぎませんが、これまでの発言から旧統一教会との関係について疑問視されてしまっているようです。
ただ、芳野友子さん本人は旧統一協会との関係を否定されていますので、事実でしたら全く関係なかったと言えるでしょうね!
まとめ
今回は、芳野友子の経歴がすごい!でも出身大学・学歴は意外だった!というテーマでご紹介していきました!
芳野友子さんはミシンメーカー「JIKI」の労働組合に若くして入り、以降は女性の社会進出に尽力し、育児休暇制度などを実現。
49歳頃に連合副会長に就任し、55歳頃に女性初の連合会長に就任されました。
学校は旧統一協会と関係がある富士政治大学校出身であることが分かりましたが、ご本人は「知らなかった」とコメントし旧統一協会との関係を否定しています。
異例づくしの経歴の持ち主である芳野友子さんですが、連合会長の手腕にまだまだ注目が集まりそうですね!