世界的スーパーモデルとして知られている山口小夜子さん。
亡くなった今もなお、多くのファンから愛されている存在ですよね。
そんな山口小夜子さんですが、死因は何だったのでしょうか?
また、晩年は孤独死だったとも言われていますが、真相が気になりますよね。
そこで今回は、山口小夜子さんの死因と晩年の孤独死や独身の真相についてまとめてみました。
山口小夜子の死因は肺炎だった?
1970年代より世界を舞台に日本人モデルとして活躍していた山口小夜子さん。
資生堂専属モデルとしても活動しており、時代の先端を走り続けていたスーパーモデルです。
そんな山口小夜子さんは、2007年8月14日に港区にある自宅マンションで亡くなられています。
死因は、急性肺炎で享年57歳でした。
最期の出演作品(遺作)は、2007年制作の映画「馬頭琴夜想曲」でした。
この映画作品を撮影後、急逝されたとのこと。
映画の木村威夫監督は、山口小夜子さんについて、
「1週間ほど前に会ったばかりだったが、体調が悪い様子はなかった」
引用:山口小夜子Wikipedia
と語っており、いかに突然のことだったかが分かりますね。
山口小夜子さんは生前、全くプライベートは明かさず、年齢も非公表でした。
そのため、最期は多くの謎を残したとも言われています。
一部では自殺説も?
山口小夜子さんの亡くなった原因について、一部では死因は自殺説も浮上していました。
これは山口小夜子さんの告別式が本人の希望で、密葬で行ったことが噂の原因だったようです。
このことにより、前もって自分の死を分かっていたのでは?とあらぬ疑いがかけられていたのだとか。
しかし、報道では死因は肺炎と言われていますので、自殺説はただのデマだったと思われます。
山口小夜子の晩年は孤独死で生涯独身の理由は?
山口小夜子さんの晩年は、孤独死だったことが判明しています。
亡くなった当時、遺体を発見したのは知人でしたが、すでに亡くなってから3日が過ぎていたのだそうです。
映画監督も語っていた通り、突然の急逝だったようですね。
山口小夜子さんのプライベートは謎に包まれていますが、結婚はしておらず生涯独身を貫いていました。
なぜ、このような美人が独身だったのか疑問に思いますよね。
この生涯独身の理由については、不倫関係が長引いたからという説がありました。
山口小夜子さんは、デザイナーの山本寛斎さんと愛人関係にあったという噂があります。
山本寛斎さんは、山口小夜子さんのモデルデビュー当時から個性を認め、アドバイスをするなどサポートしてくれた人物です。
山口小夜子さん自身、
「山本寛斎さんのオーディションを受けていなければ、モデルは辞めていた。」
と語るほど、仕事上でかけがえのないパートナーでした。
山口小夜子さんが結婚しなかったことについて、一部ではこの山本寛斎さんの愛人関係だったからなのでは?とも噂されていたようです。
しかし、山口小夜子さんはプライベートを語る人物ではなかったため、証拠などはでていません。
最期まで、謎に包まれた山口小夜子さんですが、そのミステリアスな部分が今もなお魅力なのかもしれませんね!
まとめ
今回は、山口小夜子の死因は肺炎だった?晩年は孤独死で生涯独身の理由は?というテーマでご紹介していきました。
山口小夜子さんの亡くなった原因には自殺説の噂もありましたが、当時の報道により急性肺炎だったことが判明しています。
私生活が謎で最後までミステリアスな魅力を放っていた山口小夜子さん。
今後もその魅力は後世に語り継がれることでしょうね。